川田和宏(かわたかずひろ)大久保嘉人が完敗した天才ライバルの現在やサッカーを辞めた理由とは?2019年2月10日放送消えた天才



川田和宏と大久保嘉人の関係は?積年のライバルが因縁の対決、そして感謝の気持ち

2/10 (日) TBS 19:00 ~ 20:54 消えた天才 ★前田健太が勝てなかった中学世界一メンバー!感動対面SP★

番組概要
メジャーリーガー前田健太は中学時代、日本代表で世界一に!当時のメンバーは天才揃いだが…前田以外、有名な選手は1人もいない…今を追跡すると衝撃の事実が!4人の天才と感動の再会…世界一キャッチャーと15年ぶりバッテリー▽W杯世界一なでしこ川澄奈穂美が衝撃を受けた天才GKは難聴だった…感動友情秘話に涙▽Jリーグ得点王・大久保嘉人が中学・高校で勝てなかった天才チームメイトとの確執…20年ぶり再会!本音激白

サッカー元日本代表の大久保嘉人さんは、Jリーグで史上初3年連続得点王に輝き、J1通算得点数は三浦智良の139点、中山雅史の157点を抑え、堂々の184点というスーパーストライカーです。

W杯では日本代表として2010年南アフリカ大会、2014年ブラジル大会に出場し、日本サッカー界を牽引してきました。

大久保嘉人さんのwikiプロフィールはこちら

大久保嘉人 wikiプロフィールやインスタ画像

名前:大久保 嘉人
おおくぼ よしと
サッカー選手
説明大久保 嘉人は、福岡県京都郡苅田町出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ジュビロ磐田所属。元日本代表。ポジションは主にフォワード。史上初の3年連続Jリーグ得点王であり、J1通算最多得点記録保持者。 ウィキペディア
生年月日: 1982年6月9日 (年齢 36歳)
生まれ: 日本 福岡県 苅田町
身長: 170cm
配偶者: 林田 莉瑛 (2004年から)
子供: 大久保 緑二、 大久保 碧人、 大久保 橙利
所属チーム: 川崎フロンターレ (フォワード)、 ジュビロ磐田 (#22 / フォワード)

大久保 嘉人さんの天才ぶりは高校時代から群を抜いていました。

サッカーの名門、国見高校ではエースとして活躍し、インターハイや高校選手権でも得点王に輝き世界最強ストライカーと呼ばれていました。

そんな無敵とも思える大久保嘉人さんには中学校で一緒にプレーしていた最強のライバルがいたそうです。

今までサッカーをやってきて、あいつにだけは負けたくないと思い頑張ってきた相手で、スピード、ドリブル、技術、全てにおいて適わないと思っていた天才だそうです。

天才の凄いところ

・高校1年の時、高校三年生を相手に日向小次郎の様に弾丸シュートを決めた

・一年生で唯一レギュラーに選出

・インターハイ・国体・選手権 高校全国3冠に貢献

・元国見高校監督で恩師の小嶺忠敏さんは身体が強く、左足からのシュートは天下一品と絶賛

川田和宏さんと大久保嘉人の関係は?

二人はかなりライバル意識が強かったそうです。同じチームメートにもかかわらず、3年間一言も話していないそうです。

試合中、味方の大久保さんがゴールを決めても川田さんは笑顔すら見せてくれなかったそうです。

そんな二人は小学校、中学校仲が良かったそうですが、高校からライバル心むき出しとなり、お互い負けず嫌いもあって、火花が散っていたそうです。

監督も二人が話している姿を一度も見たことがないそうです。お互い意識し合っていたのでしょう。

川田和宏さんの現在は?

川田さんは高校卒業後は福岡大学へ進み、その後、J1大分トリニータに入団しました。

大久保と共に日本代表となり、共に活躍するはずと誰もが期待していました。

しかし、川田和宏はJ1で獲得した通算点数は0点、J1出場2年間で10試合という結果でした。

その後、下部リーグでサッカーを続けていましたが、ひっそりとサッカー界から姿を消していました。

川田和宏さんのプロフィールはこちら

川田和宏 wikiプロフィールやインスタ画像

川田和宏
かわた かずひろ
サッカー選手
説明川田 和宏は、福岡県中間市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはミッドフィールダー。 ウィキペディア
生年月日: 1982年6月11日 (年齢 36歳)
生まれ: 日本
身長: 173cm
体重: 70kg
ポジション: ミッドフィールダー

川田和宏さんは現在、秋田にいらっしゃいます。現役時代に比べると落ち着いた雰囲気で、J3所属ブラウブリッツ秋田のジュニアアカデミーのコーチとして働いていらっしゃいます。

今も独身で一人暮らしをしているそうです。

高校時代の話を聞くと、大久保選手に対しては絶対に負けたくないライバルとして意識していたそうです。

何故、サッカーを辞めたのでしょうか。

プロ1年目、大分トリニータに入団したばかりの頃、攻撃のかなめMFだった川田さんに対して、監督はディフェンスにまわるように指示しました。

川田さんはディフェンダーで起用したいという監督の提案を断りました。プロスポーツで監督の指示は絶対、しかし、MFでやりたいという思いが強かった川田さんは、チームのためではなく、自分のためにポジション変更を受け入れることが出来ませんでした。

その後、出場機会を失い、大きな活躍を見せることなく、チームを去ることになりました。

当時の自分は未熟だったと振り返る川田さんは、今だったら監督の提案を受け入れていただろうと後悔しているそうです。

2007年頃、J1で活躍する大久保さんに対し、川田さんはJFLでプレーしていました。更に2年後には最も下のレベルである都道府県リーグへと落ち、給料はJリーグの時の1/20にまで下がってしまったそうです。

落ちるところまで落ちたという気持ちだった川田さんは、それでもサッカーを辞めませんでした。

それは互いにライバルだった大久保さんの存在が常に心にあったからそうです。何とかして、何としても、大久保さんに追いついて、いつか勝ってみせるという強い思いを持っていたから。

それはすぐには実現しませんでしたが、同い年の二人が34歳の時、ついに大久保さんと闘うチャンスが!!

2016年天皇杯2回戦。8年ぶりについにその時がきました。プロアマ関係なく参加できるこの大会に大久保さんが出場しており、川田さんはベンチスタートしていました。

後半40分、川田さんはついにピッチに入ります。試合は残り5分でした。全ての力を大久保に見せるべく、大久保がボールを持ったところに川田はすかさず詰めます。

全力で止めに入っている自分をいとも簡単に交わした大久保に、勝つのは本当に無理だと感じ、川田さんは34歳で現役を引退する決意をしました。

そして、誰よりも先に引退の決意を伝えた相手は、大久保さんでした。高校でもほとんど口を聞くことなく、その後もほとんど連絡をしていなかったそうです。大久保さんはこの時の事を、「何で俺なんだ」と思ったそうです。

「俺、明日でサッカー辞めるわ。」とだけ、突然伝えた川田さんですが、それは、川田さんにとって感謝の気持ちだったそうです。

そして、直接感謝の気持ちを伝えたいと、二人は再会を果たしました。川田さんは大久保さんに直接会い、気まずい雰囲気の中、「ありがとう」と20年にわたる思いを初めて伝えました。

お互い負けず嫌いすぎてもったいない事したと、しかし、異常なほどにライバル視していたことがサッカーを続けるモチベーションでもあったと改めて悟る川田さんは、引退を決めた時、おかんよりも誰よりも先に大久保さんに伝えたいという思いになったそうです。

高校時代、大久保選手をライバル視するあまり、ボールを持った瞬間から削りにいき、大久保選手が活躍しても喜べなかったと正直な思いを語った川田さんですが、最後は「本当にありがとう」と心から穏やかな笑顔で感謝されていました。

大久保選手も川田さんがいなかったら結果は残せなかった、追い抜いて追い越されてという関係があったことを感謝しています。

本音で語り合った二人は、20年ぶりにお互いの友情を確かめ合っていて素敵でした。

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