木村高司の現在は?イチローと松井秀喜が衝撃を受けた怪物ピッチャーの経歴や引退した理由とは?動画あり!2019/4/21消えた天才

木村高司(きむらたかし)とイチローの関係は?結婚や引退後の進路は?中京の木村の現在は?

 

4/21 (Sun) TBS 18:30 ~ 20:54 消えた天才 ★イチロー&松井秀喜が衝撃を受けた同世代の怪物SP★

 

番組概要
イチロー&松井秀喜が衝撃を受けた怪物ピッチャー!イチローが12打数2安打…高校時代に打てなかった怪物は、伝説の一戦の「ある事件」で消えた!28年ぶりに真相激白

・球界の2大レジェンドイチロー・松井秀喜が衝撃を受けた怪物ピッチャー

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今回の消えた天才は球界の2大レジェンドイチロー・松井秀喜が衝撃を受けた怪物ピッチャーが紹介紹介されます。

 

その天才の名前は、木村高司さん。イチローがライバルと認めた男として、 文藝春秋の創刊25周年記念出版「日本野球25人 私のベストゲーム」にも紹介されています。

 

一体、二人はいつ出会い、どんな出来事があったのでしょうか。

 

木村高司 wiki風プロフィールやインスタ写真

名前:木村高司

名前の読み方:きむらたかし

生年月日:1973年

出身:愛知県名古屋市

 

 

イチロー wikiプロフィールやインスタ写真

名前:イチロー
プロ野球選手
イチローは、愛知県西春日井郡豊山町出身 の2019年3月に現役引退したプロ野球選手。外野手。右投左打。 MLBシーズン最多安打記録保持者であり、プロ野球における通算安打世界記録保持者、最多試合出場記録保持者 である。 ウィキペディア
生年月日: 1973年10月22日 (年齢 45歳)
生まれ: 愛知県 豊山町
身長: 5.917 ft
配偶者: 福島弓子 (1999年から)
年俸: 200万アメリカ合衆国ドル (2016年)
両親: 鈴木宣之、 鈴木 淑江

 

 

木村高司 イチローとの出会い

松井秀喜も「凄い早い」、イチローも「タカシの球はほとんど打てなかった」と語る木村さんはどんな選手だったのでしょうか。

 

木村高司さんとイチローとの出会いは、実は中学時代にさかのぼります。当時は、イチローよりも自分の方が新聞に取り上げられることも多く、プロ入りへの自信もあったそうです。

 

それは中学三年の県大会のある試合でのこと。木村高司さんはピッチャーを休養しレフトで出場していました。

 

そんな時、見ず知らずの選手が打席に入りました。その人物こそがイチローでした。

 

木村高司さんはイチローのバッターボックスでの雰囲気やボールの見逃し方が人と違う。その佇まいに魅了されたそうです。

 

あまり見ず知らずの人のプレーに「おっ」とすることはないそうですが、木村高司さんはイチローのバッターボックスでのカッコいい姿、そしてバッティングのセンスに感銘を受け、自分の球にどんな反応をするのか、いつか対戦してみたいと心に思ったそうです。

 

名前も知らない少年に話しかける勇気もなく、その後、イチローがどこの高校へ進学したかも分かりませんでした。

 

それから2年の月日が経ち、木村高司さんは中京へ進学し、愛工大名電高校と対戦しました。そして、そこで目にしたのがあの時の少年、イチローでした。

 

あの時の彼がいる!と嬉しく思い見ていると、イチローもこっちを見てニコっとしたそうです。

 

どうして自分の事を覚えているんだろうと、また木村さんはイチローに惚れてしまったのだとか。

 

感動の再会でワクワクし、対戦が楽しみになった木村さんは、その後、イチローとの直接対決が何度も実現しました。

 

木村さんはイチローを強く意識し、高校2年の時点で12打数2安打 打率.167をイチローをキープし、いつも以上の気合で臨み完璧にイチローを抑え込んでいました。

 

一方のイチローも木村さんを意識していて、

 

「タカシの速い球には、ことごとく速い球につまらされて、芯でとらえられなかったんです。それでさすがに自分自身、切羽詰まったんでしょうね。冬から春にかけてウェイトトレーニングを始めたんです」

日本野球25人 私のベストゲーム

 

と語っています。

 

実際に、体重も10キロぐらい増やし肉体改造が木村さんの目にも分かったそうです。

 

そして、二人は今後の進路を左右する運命の対戦を果たしました。

 

それは甲子園出場をかけた1991年夏の愛知県大会、全国高校野球選手権 愛工大名電 vs 中京 の試合でした。

 

イチローは私立の共学校の愛工大名電高校、木村高司さんは中京学院大中京高校、イチローの愛工大名電高校は愛知県大会でベスト8まで勝ち進んでいました。

 

名電高校は、4番鈴木一朗率いる強力打線で5回戦までをほとんどコールドゲームで勝ち上がり、一方の野球の名門、中京高校も注目されていた右腕の木村高司を武器に準々決勝までの5試合をすべて完封勝ち。

 

どちらが勝つのか、プロのスカウトも大きな注目していた試合でした。

 

木村さんはどうしても勝たなければいけない理由がありました。中京は野球の名門で甲子園通算勝利数133勝で一位を誇りますが、木村さんがエースとして在籍していた3年間で一度も甲子園出場がなかったのです。

 

ここでイチローを抑えなければ、夢の甲子園出場はかなわないという大事な一戦でした。

 

木村さんは後先考えずに体を壊してでも勝つ意気込みでした。

 

一方のイチローにとっても大事な試合でした。高校二年夏も初戦敗退で1安打、三年春も初戦敗退でノーヒットという振るわない成績でプロのスカウトにアピールできずにいました。

 

木村さんを打ち砕くことが、もっとも大きなアピールになると、何としても勝つ意気込みでいました。

 

運命の決戦は、当初、木村さんが好投を見せ、5回終了時点で5-3で中京がリードを見せていました。

 

このままいけば、木村さんの夢である甲子園出場も見えてくると思った瞬間、思いもよらぬ事件が起こりました。

 

それは、突然の豪雨でした。

 

このまま雨が続けば、試合が不成立となっていまします。

 

試合中断から50分後、二人の明暗を分ける結末が・・・。グランドコンディションがゲーム再開不可能の状態のため、ノーゲーム

 

つまり、中京がリードしていた試合は無効試合となりました。ルール通り、翌日、再試合が行われることになりました。

 

運命の再試合では、木村さんには十分な体力が残っていませんでした。

 

しかし、試合は木村高司の好投で6回表まで中京が2-1でリードで迎えるていました。

 

しかし、ランナーを一人置き、迎えるバッターは4番イチロー。

 

その3球目でイチローはなんと大逆転ホームランを放ちました。

 

それは、木村さんが初めてイチローにホームランを打たれた瞬間でした。この一打によって、結果、中京は5-3で愛工大名電に敗北。

 

木村さんの甲子園出場の夢は絶たれました。

 

後にイチローは、

 

「あの雨がなければ、ひょっとしたら僕はプロに行けなかったかもしれない。あの雨が僕の運命を変えたのかもしれません。」

日本野球25人 私のベストゲーム

 

と、あの試合が自分の人生を大きく変えたと語っています。

 

高校野球時代からプロを見据えて、思い出の甲子園ではなく、少しでもスカウトの目に留まるプレーを意識し、勝ち抜く姿勢で臨んでいたそうです。

 

1991年夏の愛知県大会での鈴木一朗の記録は28打数18安打打率.643 ホームラン3本。プロの目に留まる素晴らしい結果で、レジェンドイチローへと勝ち進むの序章となりました。

 

イチローが雨の中断からの再試合で木村高司投手を相手に大逆転ホームランをした当時の動画が残っています。

 

 

イチロー vs 木村高司 当時の試合の動画

※イチローによる逆転2ランの打席は1:25:30頃です。

 

 

一方、木村さんにとっては、あのイチローが放ったホームランが甲子園への夢を断った一打となりました。

 

木村さんが属する中京は5-3で敗れ、甲子園出場ならず、大きな脱力感にさいなまれたそうです。

 

最大の目標であった甲子園に一度も出場する事が出来ず、高校で燃え尽きてしまった木村さんは、その後どのような進路を歩んだのでしょうか。

 

 

木村高司 進路

木村高司さんは、高校卒業後はプロには法政大学へ進学しました。

 

しかし、目立った成績もなく多投が原因なのか怪我を頻発するようになり、野球界から姿を消していきました。

 

 

イチローと木村高司 二人の意外なエピソード

実は、木村高司さんは、イチローとはその後、仲の良い友達になったのだそうです。

 

木村高司さんは友人からイチローの自宅の電話番号を入手し、連絡を取り、二人はそこから意気投合し、名古屋の繁華街、栄の喫茶店でパフェを食べながら昔話に花を咲かせたのだとか。

 

あの時のホームランの話に及ぶと、実は、イチローはあの時、ホームランしか狙っていなかったことを明かしました。

 

その言葉に、ヒットは想像できても、イチローからホームランなんて頭に浮かんだことがなかった木村さんは衝撃を受けたそうです。

 

プロしか狙っていなかったイチローは、一人でプロという強大な世界へ向かわねばならず最初から強振で強い意志でホームランを打つ心意気で臨んでいたのです。

 

その時、木村さんはイチローに対して全てにおいて別世界の人だと悟ったそうです。

 

二人は、高校卒業後は法政大学とプロ野球オリックスと全く別々の道を歩むことになりましたが、木村さんが会社員を経て、家業の運動具店の経営に携わり始めた時にはイチロー選手から店に飾るためのバットが贈られたそうです。

 

 

木村高司 就職

 

 

木村高司さんは稼業の木村運動具店を継いでいらっしゃいます。

 

 

木村高司 結婚

 

フェイスブックによると、木村のぶ子さんという女性とご結婚をされています。

 

木村高司 現在は?

 

木村さんの現在は2019年4月21日の消えた天才で紹介されました。

 

大学で木村運動具店の本業の傍ら、臨時コーチとしてピッチャーの指導をされているそうです。二人の娘のパパとして幸せな過程を築いていらっしゃいます。

 

木村高司 まとめ

木村高司さんは、イチローの最後の引退試合を見に行ったそうです。

 

お疲れ様のメッセージを送り、イチローからも返信があったそうです。

 

もし、あの時雨が降っていなかったら、木村さんの野球人生は変わっていたと思いますか?という問いには、「そんなに変わっていなかったと思います。唯一、笑い話で言えるとしたら、イチローに貢献したと言えるんじゃないかな。」と答えてらっしゃいます。

 

今回は、人間離れしたストイックなスタイルで数々の記録を残してきた伝説の選手、イチローに影響を及ぼした木村高司さんについてご紹介しました。

 

 

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