加藤兄弟(加藤条治と加藤竜也)スピードスケート清水宏保も嫉妬する天才兄弟の現在は?!消えた天才2019月3月17日放送



弟 加藤条治(かとうじょうじ)と兄 加藤竜也(かとうたつや)が消えた理由や現在は?兄弟で明暗が分かれた理由や加藤条治が苦しんだ病とは?

2019月3月17日 (日) MBS毎日放送 18:30 ~ 20:54 消えた天才 ★スポーツ史に残る悲劇で消えた天才…衝撃映像蔵出しSP★

スポーツ界には兄弟や姉妹が数多くいます。例えば、レスリングの伊調姉妹やスピードスケートの高木姉妹、しかし、同じスポーツをしながら兄弟で明暗が分かれてしまった兄弟もいます。

例を挙げると、サッカーの遠藤兄弟や、柔道の野村兄弟、古賀兄弟、フィギュアスケートの浅田姉妹や村上姉妹など・・・

今回番組で紹介されたのは、スピードスケートでした。

長野五輪金メダリストの清水宏保さんでさへ、天才的な兄弟に嫉妬するほどの速さだったそうです。

その天才兄弟の名前は加藤兄弟です。兄の加藤竜也さんと弟の加藤条治さんですが、オリンピックで目にする名前は条治さんの方です。

どうして二人の明暗は分かれてしまったのでしょうか。加藤兄弟のプロフィールやその理由を見て行きましょう。

加藤竜也 兄

完全に天才だと弟の条治さんも金メダリストの清水宏保さんも認めていたお兄さんの竜也さんですが、その凄さはずば抜けていました。

・SBC杯第7回全日本スピードスケート距離別選手権で当時、高校生の竜也さんは大学生相手に抜群のコーナーワークで日本トップ選手に勝利

・高校二年生の時には実業団の選手も日本代表も打ち負かし、日本一になりました。

スケート界を担う逸材だと信じられていましたが、兄の竜也さんはスピードスケートの表舞台から姿を消しました。

その理由とは、何だったのでしょうか?

弟、条治さんもその本当の理由を知らないそうです。

加藤竜也 現在は?

現在は、36歳。愛知県にお住まいです。現在、トヨタ自動車で勤務し、すでに結婚され、妻のはづきさんと2歳になる娘のにいなちゃんと暮らしています。

弟に対して当時の想いを語っていましたが、竜也さんにとって弟はライバルになるような存在ではなかったそうです。2歳年上ということで、常に竜也さんが上でした。

では、どうしてスケートを辞めてしまったのでしょうか?それは、竜也さんが高校三年生で迎えた全国大会でした。

圧倒的なタイムで暫定トップになったそうです。しかし、最終的に結果は二位に終わりました。なんと、一位は弟の条治さんでした。それが、初めて弟に負けた瞬間でした。

ショックで何も考えられない気持ちになり、負けたことを受け入れることができなかったそうです。

表彰式が終わった時に、記者から写真を撮らせてくださいと言われた時に完全に気持ちが折れ、握手もせずにその場を立ち去りました。

その後、これまでのスケートの実績が買われ、竜也さんはトヨタ自動車に入社。ショートトラック選手に転向し、スケートを続けていました。

ショートトラック界では活躍することなく、折れた気持ちの糸は戻りませんでした。

一方、弟の条治さんは世界記録をたたき出す活躍を見せ、心ない人に、同じ遺伝子なのになんでお前はここにいるんだと言われ、へこんだ時期もあったそうです。

実業団に入って、二年で引退した竜也さんでしたが、スケート一筋でパソコンの使い方もわからず、力のなさを改めて実感し、仕事を辞めたいと現実から逃げ出そうとしたこともあったそうです。

その頃、世界のトップを走り続けていた弟の条治さんは選手生命を脅かす病に苦しんでいました。時を同じくして逆境に立たされていた弟は決して辛い現実から逃げませんでした。

一年後のバンクーバーオリンピックに病を克服した弟の姿がありました。メダルを取るのは難しいと囁かれていましたが、結果は見事、銅メダルでした。

逆境から逃げない力強い弟を見て、自分も仕事にくらいついてやろうと頑張ったそうです。

そして、今では車の強度を評価するエキスパート職に携わっています。

加藤条治 wikiプロフィールやインスタ画像

名前:加藤条治
名前の読み方:かとう じょうじ
スピード スケート選手
加藤 条治は、日本のスピードスケート選手。山形県山形市出身。一般財団法人 博慈会所属。 2010年バンクーバーオリンピック・スピードスケート男子500m銅メダリスト。2006年トリノオリンピック、2014年ソチオリンピック、2018年平昌オリンピックと、冬季オリンピックでは4大会連続で6位以内の入賞を果たしている。 ウィキペディア
生年月日: 1985年2月6日 (年齢 34歳)
生まれ: 日本 山形県 山形市
身長: 5.413 ft 165cm
体重: 143 lbs  67kg

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合宿終了! 親子でポコポッテイト観てきた。 たまには父親らしく。

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加藤条治の略歴や現在は?

・2006年トリノ、2010年バンクーバー、2014年ソチ、2018年平昌と4大会連続五輪出場

・四人兄弟の末っ子

・2012年6月結婚していたことがフライデーされた

・2015年に女の子が生まれる

・2016年膝の怪我に悩まされる、監督も務める

・2017年3月、17年所属した日本電産サンキョーを離れ、博慈会へ移籍

・現役で活躍中

加藤条治が苦しんだ病とは?

加藤条治さんは生まれつき足首や膝の関節が弱かったそうですが、2008年-2009年シーズンの後半、大スランプに陥った時に、ブラブラ病という奇病の疑いがありました。

当時、右半身の筋力が極端に落ち、コーナーで右足が置けなかったそうですが、体のバランスを調整して何とか選手として復活できたそうです。

隠された真実

実は、兄の竜也さんがスピードスケートに対して心が折れたインターハイの時、竜也さんは足の親指を骨折してボロボロの状態だったそうです。

きっと、それでも弟には勝てると思っていたからショックだったのだろうと語る条治さんは、自分は最後まで兄には勝てなかったと思っています。

初めて明かされた弟、条治さんの想いを竜也さんは初めて聴き、嬉しい気持ちになったそうです。

竜也さんにとって、スピードススケートの情熱の糸を切るきっかけは弟でしたが、今の仕事に打ち込むことが出来ているのも弟のお陰と、自分にとってなくてはならない存在だと思っていらっしゃいます。

加藤兄弟 まとめ

いかがでしたでしょうか。

兄弟で同じスポーツをするのは自然な流れ、そして、ライバル関係になるのも自然な流れです。フェアな戦いの後に、優劣がついてしまうのは避けられません。

加藤兄弟も同じスピードスケートで弟だけが活躍する結果となってしまいましたが、どちらかが表舞台に立てなくても、お互いの存在があったからこそ、一方でも活躍することが出来たのでしょう。

今後も人生に良い影響を与え合える二人でいてほしいですね!

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